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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2697号 判決

控訴人(第一審被告・同反訴原告) 安田稔

右訴訟代理人弁護士 白上孝千代

被控訴人(第一審原告) 波田野きよ

被控訴人(第一審原告・同反訴被告) 日比野一郎

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士 盧原常一

主文

一、原判決を取り消す。

二、本訴につき、被控訴人両名の請求をいずれも棄却する。

三、反訴につき、被控訴人日比野一郎は控訴人に対し金五〇万円およびこれに対する昭和四三年九月七日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

四、訴訟費用は第一・二審を通じ、反訴のみに関する部分は被控訴人日比野一郎の、その余の部分は被控訴人両名の負担とする。

五、この判決は、第三項に限り、控訴人において金一五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

一、控訴代理人は主文第一ないし三項同旨ならびに訴訟費用は第一・二審とも本訴・反訴を通じて被控訴人両名の負担とするとの判決を求め、被控訴人両名代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、次に追加、訂正するもののほか原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(一)控訴代理人は、被控訴人波田野に対する予備的主張として、「仮に、被控訴人波田野きよが控訴人のためにする別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)上の抵当権設定につき、訴外江田福太郎に代理権を与えたことがないとしても、同被控訴人は、昭和四二年一月ごろ本件土地を被控訴人日比野一郎に売却するにあたって、その契約締結等の代理権を右江田に授与していたものであり、しかも、江田は、本件抵当権を設定するに際して、同年三月二九日控訴人の命を承けた荒井次一および島村次郎の二名を本件土地の見分に案内し、更に、同年四月四日被控訴人波田野から預っていた本件土地の権利証・その実印・印鑑証明書を伊藤昭司法書士事務所に持参して控訴人に対する本件抵当権設定契約およびその登記手続に応じたのであって、江田福太郎に右契約締結および登記申請の代理権があると信ずべき正当の理由がある。」と述べ、被控訴代理人は右主張事実を否認する旨述べた。

(二)控訴代理人は当審証人江田福太郎の証言を援用し、被控訴代理人は、当審における被控訴人日比野一郎本人尋問の結果を援用し、原審提出分の乙第四、第八号証につき、右乙第四号証の認否が「否」とあるのを「官署作成部分のみの成立を認め、その余の部分の成立は不知」と、乙第八号証の認否が「官署作成部分のみ認、その余の部分は否」とあるのを「官署作成部分の成立のみを認め、その余の部分の成立は不知」とそれぞれ訂正する旨述べた。

理由

一、本件土地が被控訴人波田野きよの所有であること、本件土地について抵当権者を控訴人、債務者を被控訴人日比野一郎、原因を昭和四二年三月二九日消費貸借契約、債権額を金五〇万円とする浦和地方法務局川越支局同年四月四日受付第一一、一〇二号の抵当権設定登記が存在すること、控訴人が衣料品等の販売を営む訴外株式会社東京ユニホーム(以下訴外会社という。)の代表取締役であることは当事者間に争いがない。

二、さて、この事件の本訴および反訴の各請求においては、控訴人から被控訴人日比野に対する金銭債権ならびにその担保としての、控訴人が本件土地上に取得した抵当権の各成否が争われている。以下に右各争点について判断する。

説明の便宜上まず、係争の抵当権設定の登記手続がなされるに至るまでの経過を探究する。この点についての当裁判所の事実判断については、原判決理由中二の(一)の(イ)から(ホ)までに記載されているところと同一であるから、これをここに引用する(ただし、(ロ)の項初めから九行目〈原判決書二四丁表六行目〉に「同人が」とあるのを「高木が」と訂正する。なお、以上の事実認定の証拠として、原判決が判決書六枚目裏八行から同七枚目表七行までに挙示したもののほか、成立について争いのない乙第七号証の一・二および当審証人江田福太郎の証言をもあわせて援く。)。原審証人高木伸一の証言ならびに原審および当審における被控訴人日比野一郎本人尋問の結果のうち右認定に反する各供述部分は信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三、右認定の事実関係からすると、訴外会社は、昭和四二年三月ころ、訴外高木伸一に対して同会社の商品である作業服合計五三八着を代金合計六一万一、二〇〇円で売渡し、同年四月四日訴外会社が高木に対する右売掛代金債権を適法にその代表取締役である控訴人個人に譲渡した事実が明らかである。

四、つぎに、控訴人から被控訴人日比野に対する金銭債権の成否について検討する。前出二に認定の事実関係に徴して明らかなように(1)それまでに訴外会社と取引をしたことがなく、未知で信用のない高木が訴外会社から代金六一万円余の大量の作業服を代金後日払いの約で購入取引ができたのは、訴外会社の従業員中川龍治と被控訴人日比野とが前判示のような知合いであったところ、同被控訴人から友人として高木を新規の客として紹介され、かつ高木のなすべき取引上の債務については、同被控訴人が物上保証を提供するにやぶさかでないとの趣旨を再三述べたことによるものであることと、(2)高木が約に反して、最初の三五〇着分の代金支払のための約束手形を訴外会社に交付しなかったために、訴外会社は、高木に対する代金の取立てに不安を感じるようになったことと、(3)最終取引の機会に、訴外会社が本件土地の実地調査をした直後において、訴外会社は高木に対する売掛代金債権を控訴人に譲渡したうえ、そのころ伊藤司法書士事務所に高木・控訴人および被控訴人日比野が参集したうえ、本件土地につき、控訴人を債権者、被控訴人日比野を債務者とし、昭和四二年三月二九日付消費貸借契約に基づく金五〇万円の債権を被担保債権とする本件抵当権設定登記申請を司法書士に一任したこと等の各事実に原審証人荒井次一の証言および原審における控訴人本人尋問の結果とをあわせ考えれば、係争の抵当権の被担保債権の成立については、つぎのように認定することが相当である。すなわち、右抵当権設定およびその登記手続をすることを債権確保のための手段とすることとし、その前提として、まず控訴人と高木との間において、そのころ訴外会社から控訴人に譲渡された高木に対する売掛代金債権のうち、少なくとも金五〇万円を既存債権として、これを目的とする準消費貸借契約が結ばれた。これと同時に、被控訴人日比野を加えた三者間において、被控訴人日比野は、高木の右消費貸借上の債務を重畳的に引受け、高木とならんで右同額の金員の支払いの責に任ずべき旨を約したものである。

原審証人高木伸一の証言ならびに原審および当審における被控訴人日比野一郎の各供述中の右認定に反する部分は、とうてい信用することができず、甲第三ないし六号証、第八・九号証の各記載も右認定を妨げるものとはいえない。

五、進んで、被控訴人波田野の抵当権設定契約について考察することとする。

被控訴人波田野を抵当権設定者とする本件土地の抵当権設定契約およびその登記申請手続が、昭和四二年四月四日同被控訴人の代理人と称する訴外江田福太郎の手によって、債権者である控訴人、債務者である被控訴人日比野らとともに伊藤司法書士事務所において行なわれたことは前示認定(ホ)の事実によって明らかであり、また、その際右江田が被控訴人波田野の実印・印鑑証明書・本件土地の登記済権利証を持参し、これらの書類・印鑑によって同被控訴人名義の契約が結ばれ、かつ右伊藤司法書士を代理人とする登記申請書が作成されたものであることは、前掲乙第八号証と原審証人伊藤昭の証言、当審証人江田福太郎の証言によって明らかに肯認されるところである。

しかし、他方右江田福太郎の証言と原審における被控訴人波田野きよ本人尋問の結果によると、被控訴人波田野が江田に前記実印・権利証等を預けていたのは、本件土地を代金を得て他に売却処分することを委任していたものであって(基本代理権=前記のように被控訴人日比野が一旦本件土地の条件付所有権移転を得ていたのも、この代理権によるものである。)、本件土地を他人の債務の担保として提供することを委任していたものでないことが認められ、この認定に反する証拠はない。してみると、江田福太郎が被控訴人波田野の代理人としてなした本件抵当権設定契約等は右授権の範囲を超えた権限踰越の行為といわなければならない。

そこで、更に表見代理の主張について考えるに、原審証人伊藤昭、同荒井次一、同高木伸一、当審証人江田福太郎の各証言と原審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、本件抵当権を設定するにあたって、江田は被控訴人波田野の代理人として、昭和四二年三月二九日ころあらかじめ本件土地の見分に契約関係者と同道して現地に臨み、また、同年四月四日実際に登記申請書等の書類を作成した伊藤司法書士事務所においても、何ら疑義を呈することなく、被控訴人波田野の実印・印鑑証明書・登記済権利証を差し出して本件抵当権設定契約およびその登記手続に応じていること、江田は不動産業を営む者であるが、右登記の前にも二、三度同被控訴人の実印等を持参して同被控訴人の土地の登記手続を右伊藤事務所に頼みに来たことがあり(被控訴人日比野に対する前記条件付所有権移転仮登記の手続もその一つである。)、被控訴人波田野の娘の夫としてその財産処分等に関与していたことが認められ、これらの客観的状況からすると、相手方である控訴人や他の関係者が右江田の代理行為に疑念をもたなかったのも不自然ではなく、かつ、その点に調査不十分の過失があるとは認められず、本件抵当権を設定するについて、右江田にその代理権限があったと信ずる正当な理由があったと認めるのが相当である。

そうすると、控訴人の表見代理の主張は理由があり、被控訴人波田野は右江田の表見代理行為によって成立した契約上責任を負うべきである。

六、以上の次第であるから、被控訴人波田野から控訴人に対する本件抵当権設定登記の抹消登記手続の請求、被控訴人日比野の控訴人に対する昭和四二年三月二九日消費貸借契約に基づく金五〇万円の債務不存在確認の請求(以上いずれも本訴請求)はいずれも失当として棄却すべきものであり、逆に、控訴人の被控訴人日比野に対する右金五〇万円とこれに対する本件反訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年九月七日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の請求(反訴請求)は理由があるから認容すべきである。よって以上と異なる判断に出た原判決を失当としてすべて取り消して、被控訴人両名の右各本訴請求を棄却し、控訴人の反訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中西彦二郎 裁判官 小木曽競 深田源次)

〈以下省略〉

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